目次
1.コロナ禍における不動産取引
1月7日に再び新型コロナウイルス感染症拡大防止のための緊急事態宣言が発令され、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県(1都3県)を対象に、外出・移動に関して自粛が要請されました。日に日に増加する感染者数をニュースで見かけるたびに強い危機感を抱かざるを得ません。この緊急事態宣言の発令により飲食業界、ホテル業界、イベント業界など、大きな打撃を受ける会社が多いかと思います。
一方で、テレワークが強く推進される中、今まで住んでいた住居ではテレワーク環境に対応できないといった理由から、首都圏や首都圏郊外で自宅を購入する方が増え、居住用不動産のマーケットは盛況だといわれています。テレワークをするには手狭になった現在の賃貸住宅を解約するのであれば、いっそのこと自宅を購入してしまおうといったニーズが高まってきているのかもしれません。
不動産を購入したことがある方であれば体験したことがあると思いますが、不動産の取引は高額な取引であることが多いため、売買代金の支払い時(決済時)には少なくても4人程度、多いと10人近い人が銀行の応接室などに集まることになります。こうした手続形態をとることは、安全に、かつスピーディに取引を行う上では重要ですが、コロナ禍における感染予防の観点からは非常にリスクのある行為です。
したがって、高額な不動産取引であったとしても、非対面で手続きを行うケースも増えてきているのが現状です。しかし、非対面で手続きを行うことは、不動産取引における詐欺行為であるなりすまし詐欺を防止する意味においては危険が伴う取引形態となります。
2.なりすまし詐欺とは
不動産取引におけるなりすまし詐欺とは、不動産売買における売主に真実の所有者でない別人がなりすまし、買主から売買代金を騙し取るようなケースを指します。また、このような不動産取引におけるなりすまし詐欺を行う者を地面師と呼びます。
例えば、あなたが自宅を建設するために甲土地を買いたいと思っていたとして、その甲土地の所有者を不動産登記簿で確認したところAだったとします。Aが不動産業者でなければ、一般的には不動産取引の仲介を行う宅建業者がAの代わりに取引の窓口になることが多いです。したがって、あなたは甲土地の情報を宅建業者であるBから得ることになります。
金額等の条件の折り合いがつけば、あなたはBの引き合いのもと、Aと売買契約を行うでしょう。しかし、契約の際に現れるのは、Aになりすました地面師Cです。あなたは甲土地に関してなんの権利も持たない地面師Cと甲土地の売買契約を締結することになります。なお、なりすまし詐欺が行われる場合、多くのケースではCの窓口となる宅建業者BもCとグルのケースが多いです。
そして、何も知らないあなたは決済日に売買代金を支払うことになります。決済時には我々のような司法書士もCへの本人確認を行いますが、もしここで司法書士がCのなりすましに気づけなかった場合や、そもそも司法書士がBやCとグルだった場合は、あなたが売買代金を支払うことを止める人はいないでしょう。こうして、あなたは何の権利も得られないにもかかわらず、Cに高額な売買代金だけ支払うことになる訳です。
こんな馬鹿みたいなことが現実に起こりえるのかと思う方も多いと思いますが、最近の地面師の詐欺の手口は非常に高度化しており、近年では業界最大手である積水ハウスが地面師の被害に遭い、50億円近い大金を騙し取られました。積水ハウスほどの会社でもなりすまし詐欺に気づくことは難しいのです。この事件はマスコミにも取り上げられ大きなニュースとなりましたが、地面師の手口を真似する二次犯罪を防ぐ目的で一般には公表されていないだけで、なりすまし詐欺は実は少なくないのです。
3.騙されてしまった場合、どうなってしまうのか
上記のようなケースの場合、決済が終わった後、関係者は全員雲隠れしてしまいます。通常なら、同日付で司法書士が登記を申請しますが、司法書士もグルだった場合は待てど暮らせど登記が申請されることはありません。あなたは司法書士や仲介会社と連絡がとれなくなることで騙されたことに気づくはずです。高額な取引であなたが銀行融資を利用している場合は、あなたより先に銀行が詐欺の存在に気づくでしょう。いずれにしても、詐欺に気が付いた時にはお金を取り返すことは困難となっている可能性が高いです。
司法書士がグルでなかった場合は、正常な取引と同じように司法書士が法務局に登記を申請することになります。その場合、法務局が書類の不備によってなりすましに気づく可能性もありますが、法務局が申請された登記の内容をチェックするのは、決済から数日後になりますので、その頃には地面師たちはとっくに雲隠れしてしまいます。
では、法務局もなりすましの事実に気づかなければ、どうなるでしょうか。そのまま登記は受理され、登記簿上はあなたが所有者として登記されることになるかもしれません。しかし、それによってあたなは法律的に保護されることはありません。真の所有者であるAがその事実に気づき、登記をAに戻せと請求してきたら、あなたはそれに応じざるを得ません。Aには何の落ち度もありませんから、裁判で争ったとしても、あなたの権利が認められる可能性はほとんどありませんし、日本の民法は登記をすれば必ず所有権を取得できるという構造になっていませんので、無権利者である地面師Cと取引をしたあなたは、登記をしたとしても所有権を取得することはできないのです。
このように、地面師に騙されお金を支払ってしまえば、後からお金を取り戻したり、所有権を有効に取得することは困難なのです。したがって、お金を支払う前に、地面師の詐欺行為に気が付く必要があります。では、地面師に対してどのような対抗手段があるでしょうか。
4.なりすまし詐欺に騙されないためには
最初にお伝えしたいのは、地面師が作る偽造書類は非常に精巧であるということです。我々司法書士や宅建業者は、売買当事者の本人確認として運転免許証等の確認をしますが、その確認は記載事項や免許証の質感に違和感がないかを確認する程度であり、精巧に偽造された免許証を偽造だと見破れるとは限りません。また、日本の住民登録制度上、運転免許証の偽造さえできてしまえば、住民票や印鑑証明書などの公的書類は、役所から発行することが可能となってしまいます。したがって、我々のような不動産取引のプロであっても、書面上の違和感からなりすましに気づくことは非常に難しいことを知っておく必要があります。ではどのような点に注意すればいいでしょうか。
まず、地面師に狙われやすい不動産の特徴を知る必要があります。特徴としては下記のような点が挙げられます。
①更地である
②無担保である
③高額である
④権利証がない
①、②の理由は、関係者が少なくなるからです。例えば、住居が建っている不動産であれば、現地に行って本人に会えばなりすましに気づけますし、近所の人と話すことによって違和感に気づけるかもしれません。アパート等が建っていれば、家賃が振り込まれている通帳を確認させてもらったり、管理会社と話すことで、情報を 得ることもできます。また、担保が設定されていれば、取引実績のある金融機関があるということですので、金融機関から情報が得られます。しかし、更地で無担保となると、こうした関係者から情報を得ることが不可能となり、情報量がかなり制限されてきます。
③の理由は地面師のコストパフォーマンスの問題です。地面師側のことを考えると、なりすまし詐欺は単独で行うことは難しく、また、偽造書類の作成が必要など、相当周到な準備が必要ですし、なによりリスクが相当大きいです。したがって、騙し取る金額が高額でないと、やる意味がないのでしょう。今まで被害にあっている不動産は概ね1億円を超える物件ばかりです。
④の理由は、権利証が偽造をすることが最も難しい書類だからです。平成17年頃に従来の冊子タイプのいわゆる権利証から登記識別情報通知書という書類に形式が変わりましたが、いずれの形式にしても偽造は難しく、司法書士に偽造であることを見抜かれるリスクがありますので、権利証がないことにするケースが多いです。
上記の特徴を持つ不動産を購入する場合は、なりすまし詐欺に注意する必要がありますが、ではどのよにリスクヘッジしていけばいいでしょうか。
5.本人確認の重要性
上記の特徴に当てはまり、あやしいなと思っても、書面上では詐欺の存在に気付ける可能性が低いことは先程説明しました。そこで重要になってくるのが本人確認です。
我々司法書士や宅建業者は法律で本人確認が義務付けられていますので、法律に定められたルールに則って売主に対して本人確認を行いますが、なりすまし詐欺を見抜くためには、法律に則った本人確認だけでは足りません。先程ご紹介した特徴を持つ不動産の取引であれば、通常以上にきめ細かい本人確認をする必要があるでしょう。例えば、売主の自宅に行ったり、仲介会社との関係性をヒヤリングするなど、できるだけ売主や取引経緯のバックボーンをつかむのが重要です。
また、上記④の権利証がない場合はとりわけ注意が必要でしょう。権利証がない場合は、司法書士が権利証の代わりとなる本人確認情報という書類を作成することが一般的ですが、この本人確認情報の作成条件を簡単にいえば「登記申請 代理人である司法書士が、売主を本人だと信じられるかどうか」です。つまり、司法書士の主観的な判断で作成の可否が決まるのであり、その基準は司法書士事務所によって大きく異なります。主観的な判断が求められる以上、司法書士にも大きな責任が伴いますので、通常は様々なエビデンスの提出を売主に対して求め、権利証を紛失した経緯や売却物件の特性、家族関係など様々な事項をヒヤリングし、心証を形成しますが、非常に簡素な確認しか行わない司法書士がいることも事実です。参考までに、弊社で本人確認情報を作成する場合に提出を求める資料の例を列記します。
・売主が売買不動産を購入した際の売買契約書、重要事項証明書、売買代金領収書
・売買不動産が賃貸物件の場合は賃借人との賃貸借契約書、管理会社との管理契約書、賃料振込先口座の通帳
・売買不動産の固定資産納税通知書(過去3年分)
・自宅に届いた公共料金の請求書、領収書
・担保が設定されている物件の場合は、金融機関から届いた返済予定表
このように、不動産取引におけるなりすまし詐欺を防ぐためには、杓子定規な手続的確認のみではなく、事案に即したきめ細かい確認が不可欠です。
6.まとめ
ここまで読んでいただければ、非対面によって不動産取引を行うことに大きなリスクがあることを分かっていただけると思います。非対面による手続きを行う場合は、電話や郵送で手続きを進めることになりますが、売主の自宅に行ったり、売主の容姿から本人性を確認することができなくなります。もちろん、書類を郵送する際に本人限定受取郵便(郵便局員が受取人から身分証の提示を受けないと荷物を受け取れないタイプの郵便)を利用するなどのリスクヘッジはできますが、対面の場合の本人確認のレベルと比べれば限定的だと言わざるを得ません。
新型コロナウイルスによって様々な業界で働き方や取引形態がオンライン化していき、場所にとらわれない生活が定着していく中で、不動産取引が非対面へと移行していくことも避けては通れないと思います。いずれは立法によってこうしたなりすまし詐欺のリスクを排除していくことがベストだとは思いますが、そうした対策がとられるまでは、自分の身は自分で守るしかないでしょう。今後皆様が不動産取引を行う際には、我々のような司法書士など、信頼できるプロとしっかり連携して、安全な取引を行うことを心がけることが重要です。